おにぎりのはじまりはいつ?最古の痕跡と、現在の形になるまで
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石川県の遺跡から出土した、三角形の黒い米の塊。「日本最古のおにぎり」として知られますが、分析では、いまのちまきに近い食品と評価されています。どんな米を使い、何のために置かれていたのでしょうか。

先に結論
動画版(1分4秒)。映像はAIによる再現イメージです。
「最古のおにぎり」とされるものは何か
1987年(昭和62年)11月、石川県中能登町(当時の鹿西町)にある弥生時代中期の杉谷チャノバタケ遺跡で、竪穴建物跡の壁ぎわから、黒く炭になった三角形の米の塊がほぼ完全な形で出土しました。約2,000年前のものとされます。[1][2]
大きさは底辺約5センチ、他の2辺が約8.5センチと8センチ、厚さ約3.5センチの、二等辺三角形に近い形。この「三角の米の塊」は「日本最古のおにぎり」として全国のニュースになりました。[2]
調べてみると、現在のおにぎりとは違った
分析の結果、この塊は晩稲のもち米を蒸したもので、握った跡はありませんでした。学術名は「チマキ状炭化米塊」。うるち米を握る現在のおにぎりよりも、もち米を包んで蒸す現在の「ちまき」に近い食品と評価されています。[1][2]
出土したのは、家の中央から離れた壁ぎわでした。この位置から、日常の食事よりも、供え物や厄除けとして置かれた可能性が高いと考えられています。携帯食だった可能性も併記されています。[1]
第一発見者は後年の取材に、「当初は『調理加工された米として最古級』と発表したが、いつの間にか『日本最古のおにぎり』になっていた」と証言しています。[3]
「おにぎり発祥」はどこまで確かなのか
おにぎりの年表
発見の町の現在
中能登町では、いまも「おにぎりの里」という愛称を使っています。「おにぎりの日」は毎年6月18日と11月18日。6月18日は旧鹿西町の「6」と毎月18日の米食の日に由来し、日本記念日協会の認定を受けています。11月18日は出土した月にちなみ、2015年の町条例で制定されました。[4][5]
むすび
「最古のおにぎり」と呼ばれた米の塊は、ちまきに近い食品と考えられています。供え物だった可能性は高いものの、何に包み、どう形を作ったのかは分かっていません。
出典・参考資料
- [1]中能登町「日本最古のおにぎりが出土」当事者資料 出土の経緯・蒸したもち米・チマキ状炭化米塊・供え物の可能性 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
- [2]金沢大学 石川県内遺跡データベース研究・専門書 遺物の形状・大きさ・年代 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
- [3]北陸中日新聞(2021年)第一発見者インタビュー報道 「いつの間にか最古のおにぎりになっていた」の証言 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
- [4]中能登町公式「6月18日はおにぎりの日です。」当事者資料 おにぎりの里・おにぎりの日・レプリカ展示 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
- [5]中能登町公式「11月18日も『おにぎりの日』です。」当事者資料 2015年の町条例による制定 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
- [6]石川県埋蔵文化財センター公的機関 実物の保管・公開情報 / 閲覧日 2026-09-02 資料を見る
公開:2026年9月3日
2026年9月7日:導入・見出し・本文の表現を整理しました。出典と、伝承・未確認事項についての注記は残しています。
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