ラーメンのはじまりはいつ?
最初から「日本人のための味」だった浅草・来々軒
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ラーメンは中華料理の輸入品ではありません。1910年(明治43年)、浅草に開業した来々軒は、中華の麺料理を最初から日本人の舌に合わせて作り変えていました。新横浜ラーメン博物館の資料からたどります。
先に結論
1分の動画版。映像はAIによる再現イメージです。
浅草・来々軒の開業
1910年(明治43年)、横浜税関に勤めていた尾崎貫一が退職し、東京・浅草に来々軒を開きます。横浜中華街から12名の中国人料理人を招いた本格的な布陣でした。[1]
ただし出す料理は、中華街の味そのままではありませんでした。日本人の客に合わせて脂と匂いを抑え、醤油ベースの味に調整した——この一杯が、いまに続く醤油ラーメンの原型とされています。[1]
最初のラーメンブーム
日本人向けに作り変えられたらーめん・シューマイ・ワンタンは大評判になり、繁忙期には1日2,500〜3,000人が来店したと伝えられます。[1]
来々軒の成功をきっかけに、大正から昭和にかけて同様の店が各地に広がっていきました。新横浜ラーメン博物館は2020年、来々軒の味を子孫の協力で復活させています。[1][2]
「日本初」とは言えない理由
来々軒より前にも、南京そば・支那そばを出す店は存在していました。ラーメン博物館自身も、来々軒を「日本で最初にラーメンブームを起こした店」と表現しており、「日本初のラーメン店」とは言っていません。[1][3]
この記事でも「ラーメンのはじまり」は、一杯の発明ではなく「日本人のための味として広まった始まり」としてたどっています。
「ラーメン発祥」はどこまで確かなのか
ラーメンの年表
来々軒のいま
浅草の来々軒自体は戦後に閉店しましたが、その味は2020年、新横浜ラーメン博物館が子孫の協力を得て復活させました。醤油ラーメンの原型とされる一杯を、いまも味わうことができます。[1]
中華の麺料理を日本の味に作り変える——来々軒が始めたこのやり方は、その後のラーメンの歴史そのものになりました。[1]
むすび
ラーメンは外国の料理の輸入ではなく、最初から日本人のために調整された味でした。浅草の一軒の工夫が、国民食の原型になったと伝えられています。
出典・参考資料
公開:2026年9月4日
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