缶コーヒーのはじまりはいつ?
駅の飲み残しの「もったいない」から生まれた三色の缶
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自販機に並ぶ缶コーヒーの始まりは、駅のホームにありました。発車ベルに急かされて飲み残した、瓶のコーヒー牛乳。「もったいない」——その一言から世界初が生まれたと、UCCは伝えています。
先に結論
- UCCの創業者・上島忠雄は、駅の売店で瓶入りコーヒー牛乳を飲んでいる途中に発車ベルが鳴り、飲み残したまま瓶を返しました。「瓶を缶にすればいい」——これが開発のきっかけだったとUCCは伝えています[1]
- 開発には約1年かかりました。ミルクとコーヒーの分離、缶の鉄がコーヒーを黒く変える問題を乗り越え、1969年、世界初のミルク入り缶コーヒーが誕生します[1][2][3]
- 当初は「コーヒーを缶で飲むなんて邪道」と受け入れられず、飛び込み営業では「3ケース置いていけ」と言われる日々。転機は1970年の大阪万博でした[2]
- 2018年、発売から49年で「缶コーヒーの最長寿ブランド」としてギネス世界記録に認定されました。茶・白・赤の三色の缶は、発売以来変わっていません[2][4]
1分の動画版。映像はAIによる再現イメージです。
駅のホームの「もったいない」
UCC上島珈琲の創業者・上島忠雄は、駅の売店で瓶入りのコーヒー牛乳を買って飲むのを楽しみにしていました。ある日、飲んでいる途中で発車ベルが鳴ります。瓶は売店に返さなければならないため、飲み残したまま列車に乗るしかありませんでした。[1]
「もったいない。瓶を缶にすれば、いつでもどこでも飲めるのに」——この体験が缶コーヒー開発のきっかけだったと、UCCは伝えています。[1]
分離と黒変、約1年の壁
開発は簡単ではありませんでした。ミルクとコーヒーは時間がたつと分離します。缶の鉄分はコーヒーの成分と反応して、色を黒く変えてしまいます。この二つの壁を乗り越えるのに約1年かかったと伝えられます。[2][1]
1969年(昭和44年)、世界初のミルク入り缶コーヒー「UCCコーヒー ミルク入り」が誕生しました。「世界初の缶コーヒー」ではなく「世界初のミルク入り缶コーヒー」——缶入りコーヒー自体の先行例には諸説があるため、UCCコーヒー博物館もギネス世界記録もこの表現を使っています。[3][2]
「邪道」から万博へ
発売当初、缶コーヒーは受け入れられませんでした。「コーヒーを缶で飲むなんて邪道だ」という非難もあったといいます。飛び込み営業を重ね、「おいしいやないか、置いていけ」と3ケース置いてくる日々だったと、当時を知る上島達司会長はギネス世界記録の取材で語っています。[2]
転機は1970年の大阪万博です。会場で若者を中心に爆発的に売れ、鉄道弘済会(キヨスク)の採用も追い風に全国へ。作っても作っても追いつかない売れ行きになり、売上は50億円から100億円、10年で1000億円へと駆け上がったと伝えられます。[2]
「世界初」はどこまで確かなのか
缶コーヒーの年表
三色の缶は、いまも
茶は焙煎した豆、白はコーヒーの花、赤は熟した実——三色のデザインは1969年の発売以来変わっていません。[2]
缶コーヒーはいまや自販機とコンビニの定番です。駅のホームの「もったいない」から始まった一本は、最長寿ブランドとして、いまも同じ三色で売られ続けています。[2][4]
むすび
三色の缶はいまも、あの日の「もったいない」を乗せています。飲み残した一本の瓶が、世界の飲み方を変えたと伝えられています。
出典・参考資料
- [1]UCC公式「缶コーヒー誕生のきっかけは?」(コーヒートリビア)当事者資料 駅の飲み残しの逸話・1969年誕生の経緯 / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [2]ギネス世界記録公式・特集記事(上島達司会長取材)一次史料 認定の内容と、開発の壁・「邪道」・飛び込み営業・万博・売上の推移・三色の意味(会長の語り) / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [3]UCCコーヒー博物館公式当事者資料 「世界初のミルク入り缶コーヒー」の位置づけ / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [4]UCC公式ニュースリリース(2018年7月9日)当事者資料 2018年のギネス世界記録認定(販売期間49年・授与式7月4日) / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
公開:2026年9月4日
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