居酒屋のはじまりはいつ?
家まで待てなかった男たちと、神田の酒屋
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仕事帰りの一杯の原点は、江戸の酒屋にあります。買った酒を家まで持ち帰れず、店先で飲み始めた男たち——「居続けて飲む」から「居酒」。言葉の生まれた現場をたどります。
先に結論
1分の動画版。映像はAIによる再現イメージです。
酒屋で飲み始めた男たち
居酒屋の始まりは、居酒屋ではありません。酒を売るだけの「酒屋」です。1596年(慶長元年)、神田鎌倉河岸に創業したと伝わる豊島屋は、酒屋でありながら店先で飲ませる「一杯飲み屋」を兼ねるようになりました。[2][3]
買った酒を家まで待てない。店に「居続けて飲む」——この行為を指す「居酒(いざけ)」という言葉から、「居酒屋」という呼び名が生まれたとされます。[2][1]
豊島屋は豆腐田楽をつまみに出して評判になり、これが居酒屋の原型のひとつとされています。[2]
業態としての居酒屋
「居酒屋」が業態として記録に現れるのは18世紀半ばで、宝暦2年(1752年)の記録が初出とされます。つまり1596年は「酒屋で居酒が始まった起点」であって、「居酒屋の開業年」ではありません。[1]
客層は振売・日雇・駕籠かき・車力といった、その日稼ぎの肉体労働者たち。単身男性の多い江戸で、安く飲んで食べられる場所は生活の一部でした。[1]
4軒に1軒が居酒屋の町
文化8年(1811年)の調べでは、江戸の飲食店総数7,604軒のうち、居酒屋は1,808軒。約23.8%——4軒に1軒が居酒屋という計算です。[1]
仕事帰りに一杯やってから帰る文化は、こうして江戸で形になりました。「とりあえず」の一杯の系譜は、400年前の酒屋の店先につながっています。[1][2]
「居酒屋発祥」はどこまで確かなのか
居酒屋の年表
四百年後の「とりあえず」
豊島屋本店はいまも東京・神田で続いており、白酒などで知られる老舗になっています。[3]
仕事帰りに一杯——江戸の労働者たちが作ったこの習慣は、形を変えながら、いまも日本の夜を支えています。[1]
むすび
「とりあえず生」の源流は、家まで待てずに酒屋の店先で飲み始めた、400年前の男たちにありました。
出典・参考資料
公開:2026年9月4日
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