唐揚げのはじまりはいつ?江戸の「唐揚」は豆腐、鶏は銀座の経営不振から
※この記事にはアフィリエイト広告を含みます。
「唐揚」という名前は、江戸時代の豆腐料理の記録に出てきます。いまの鶏の唐揚げについては、昭和の銀座の店や、大分の中華料理店から広まった経緯が伝えられています。名前が記録に残った時期と、鶏を使う料理が広まった時期は異なります。

先に結論
動画版(1分16秒)。映像はAIによる再現イメージです。
江戸の「唐揚」は豆腐だった
「唐揚」という言葉の古い記録は、江戸時代の料理書『普茶料理抄』(1772年)にあります。ただしそれは鶏ではなく、豆腐を小さく切って油で揚げ、醤油と酒で煮た料理でした。読みも「からあげ」「とうあげ」の両説があります。[5][1]
普茶料理は、江戸時代に中国から伝わった黄檗宗の中国風精進料理です。「唐揚」の「唐」も、中国風の料理であることを示しています。[5][8]
この豆腐料理は、「唐揚」という名前の初出級の記録です。ただ、江戸の「唐揚」が、そのまま現在の「唐揚げ」という呼び名につながったかどうかは分かっていません。[5]
銀座の店で考案された「若鶏の唐揚」
外食メニューとしての鶏唐揚げの初登場は、1932年(昭和7年)ごろ、東京・銀座の三笠会館の支店(鶏料理専門の食堂)とされます。店は経営不振に苦しんでおり、打開策として当時の料理長が「若鶏の唐揚」を考案したと、業界紙の取材や当事者の説明は伝えています。[2][5][3]
ヒントは中国の揚げ物料理だったと伝えられています。醤油・焼酎・砂糖を使う特製だれの基本は、昭和7年から変わらないとされます。唐揚げはたちまち名物になり、店の経営も持ち直したといいます。店側の記録には、戦後の食糧難にも「唐揚げだけは切らさなかった」という逸話が残っています。[2][4]
三笠会館を「外食初」とするのは、店側の証言と業界紙・業界団体の記述に基づく通説です。外食での最初の一皿だったかどうかは、断定できません。[2][5]
大分では中華料理店から専門店へ
大分県の唐揚げは、東京とは別に広まりました。昭和30年代、養鶏が盛んだった宇佐市で、中華料理店「来々軒」の唐揚げが評判になります。その揚げ方を習った店が、のちに唐揚げ専門店へ転換しました。この経緯から、宇佐市は「からあげ専門店発祥の地」とされています。[6][1]
隣の中津市は、日本唐揚協会から「から揚げの聖地」と呼ばれる唐揚げ店の密集地になりました。詳しくは別記事「大分からあげのはじまり」でたどります。[5][1]
家庭の定番になるまで
唐揚げが家庭に広まったのは戦後です。1950年代から米国系のブロイラーが導入され、1960年代に大量生産が本格化。鶏肉は値段が下がり、身近な食材になりました。[1]
1974年(昭和49年)には、日清製粉(現・日清製粉ウェルナ)が家庭用の「から揚げ粉」を発売しました。同社によると大ヒットし、唐揚げは家庭の食事や弁当の定番になっていきます。[7][1]
「唐揚げ発祥」はどこまで確かなのか
資料から確認できること
『普茶料理抄』(1772年)の「唐揚」が豆腐の料理として紹介されていること。三笠会館の支店が1932年ごろに「若鶏の唐揚」を出し、外食での初登場とされていること。大分の唐揚げ文化が宇佐市の中華料理店を起点とすると宇佐市側が説明していること。1974年に家庭用から揚げ粉が発売されたこと。[5][2][6][7]
現時点では断定できないこと
「外食初の鶏唐揚げ=三笠会館」は当事者証言と業界紙・業界団体に基づく通説で、それ以前に出した店が絶対にないとまでは言えません。開始年を昭和26年とする記事もあります。江戸の「唐揚」と現在の呼び名の連続性、唐揚げと竜田揚げの区別も、諸説あり断定できません。
唐揚げの年表
銀座の唐揚げと、宇治に伝わる普茶料理
三笠会館はいまも銀座にあり、「若鶏の唐揚」を出し続けています。たれの基本は昭和7年から変わらないと同社は説明しています。[3][4]
豆腐の「唐揚」が記録に残る普茶料理は、京都・宇治の黄檗山萬福寺にいまも伝わっています。鶏の唐揚げが全国の食卓に広まった一方で、寺では普茶料理が受け継がれています。[8]
むすび
江戸の豆腐料理と、銀座や大分で広まった鶏の唐揚げ。同じ名前でも、その経緯は異なります。江戸の「唐揚」と現在の呼び名がつながっているかどうかも、まだ分かっていません。
出典・参考資料
- [1]Wikipedia「から揚げ」三次資料 調査の入口として参照。『普茶料理抄』の記述・大分の経緯・ブロイラー普及の整理 / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [2]日本食糧新聞「近代メニューのルーツ(8)若鶏の唐揚げ編」報道 外食初登場=三笠会館とする取材記事。経営不振・料理長の考案・戦後の逸話 / 閲覧日 2026-08-31 資料を見る
- [3]三笠会館公式サイト当事者資料 現在も銀座で営業し「若鶏の唐揚」を提供していること / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [4]日清製粉グループ「発祥の店・三笠会館に教わる」当事者資料 たれの構成と現在の作り方(漬け置きせず揉み込み) / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [5]日本唐揚協会「唐揚の歴史」当事者資料 普茶料理の「唐揚」=豆腐料理(読み二説)・外食登場=昭和7年ごろ三笠会館の記述 / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [6]宇佐市公式サイト当事者資料 来々軒を起点とする「からあげ専門店発祥の地」の説明 / 閲覧日 2026-09-01 資料を見る
- [7]日清製粉グループ公式SNS投稿当事者資料 から揚げ粉を1974年に新発売し大ヒットとなったとの同社の紹介 / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
- [8]黄檗山萬福寺公式サイト当事者資料 普茶料理が現在も伝わり提供されていること / 閲覧日 2026-09-03 資料を見る
公開:2026年9月4日
2026年9月7日:導入・見出し・本文の表現を整理しました。出典と、伝承・未確認事項についての注記は残しています。
誤りや参考になる資料がありましたら、お問い合わせからお知らせください。訂正・更新した内容は、この欄に記録します。